@落語 #川栄李奈#ダミーマイク#近藤春菜「ダミーマイク問答」「フォロワー減少問答」
「ダミーマイク問答」
──まいどどうも。えー、本日のお題は「アイドル」てぇやつでございます。
ま、アイドルってぇのは不思議な商売でね。
笑ってるだけで給料が出る。泣いてもグッズが売れる。
風邪ひいても声出さなくていい。なんなら——マイク、入ってねぇってんだから!
このあいだテレビ見てたら、川栄李奈ってぇ人が出てましてね。
元AKB48だって。今じゃ立派な女優さんだ。
そんで司会の設楽が「AKBってちゃんと歌ってんの?」って訊いたら、
その人、ちょっと照れ笑いして「ちゃっと歌ってないです」って言った。
……いや、ちゃっとって何だ。
“ちょっと”と“ちゃんと”が混ざって“ちゃっと”。
つまり、歌ってるような気がしてたけど実は歌ってないってことだ。
それでも国民的アイドル。夢の国の住人てのは、便利なもんだねぇ。
そいで彼女が言うには「人数が多いから、上位7人くらいしか生きマイクじゃない」と。
残りは全員“ダミーマイク”。
……ダミーって言葉がもう強烈だ。
あれだろ? “飾り”って意味だ。
つまり、“マイクごっこ”してたんだな。
「歌ってるふりコンテスト」って番組じゃねぇんだぞ。
ま、ただ世の中、ダミーマイクだらけですからねぇ。
アイドルに限った話じゃない。
政治家だって「国民の声を聞いてます」なんて言うけど、
あれもほとんどダミーマイクだ。
マイクは握ってるけど、スイッチが国会に届いてない。
官僚が電源コード抜いてんだよ。
サラリーマンもそう。朝のミーティングで「お疲れさまです!」って叫ぶけど、
誰も心はこもってねぇ。
あれも“社内用ダミーマイク”だ。
恋愛でもそうだねぇ。
「好きだよ」「信じてる」——あれも、だいたい電池切れてんだ。
だから俺ぁ思うね、
この国全体が、すでに巨大な“ダミーマイク国家”なんじゃないかって。
言葉が生きてねぇ。
音だけが飛んでって、中身は空っぽ。
でも、それを「夢」と呼んで拍手してんだから、
こりゃあ、すげぇ文化だよ。
──さて、ここからが本題。
ある若いアイドルが事務所に呼ばれる。
「お前な、今日のライブはマイク生きてるから気をつけろ」
「えっ!? 今日だけ!? それ、いじめですか!?」
「いや、上位がインフルエンザでな、臨時昇格だ」
「そんな急に、本物の声出せって言われても!」
「安心しろ、口パク練習なら一番だろ?」
で、本番が始まる。
会場1万人。ファンがサイリウム振ってる。
イントロ流れて、彼女も笑顔で「ラ~ラ~ラ♪」と口を開けたら……
音が出ねぇ。
あれ?って思って、思い切り叫んだら、今度は音が出過ぎた。
観客が「誰!? この声!?」ってざわつく。
生きてるのに、バレる。
終演後、マネージャーが言う。
「お前、やっぱりダミー向きだな」
「どういう意味ですか!」
「本物より“本物っぽい偽物”の方が売れるんだよ」
──これが芸能界。
いや、でもさ、それ芸能だけじゃないんだよ。
みんな“本物っぽい偽物”を求めてんだ。
SNSもそう。笑顔の写真、幸せな投稿。
全部“人生用ダミーマイク”で喋ってる。
本音なんて投稿したら、フォロワーが減るんだよ。
考えてみりゃ、俺らも落語やってる時は似たようなもんだ。
客の前で「人情噺です」なんて言いながら、
裏じゃ「このネタ、ウケねぇな」って思ってる。
でもね、違うのは——
俺のマイクは生きてる。
声も、心も。電源切らねぇ。
嘘を言うにしても“本気で嘘を言う”。
これが芸だ。
だから、あの川栄さんの“告白”ってのは、
ただの暴露話じゃねぇんだよ。
あれは日本の「口パク社会」への痛烈な一撃だ。
「見せるための声」じゃなく、「伝えるための声」を求めてんだ。
テレビであれを笑ってた連中も、
内心ゾッとしてたと思うね。
自分のマイク、生きてるかな?って。
──さて、そろそろお時間。
この話のオチ? ああ、ちゃんとありますとも。
世の中のマイクには三種類ある。
生きマイク、ダミーマイク、そして——切れてるマイク。
生きマイクは、信念を持って喋る人。
ダミーマイクは、形だけの人。
切れてるマイクは……もう何も言わねぇ人だ。
で、どれが一番怖いって?
そりゃ、切れてるマイクだよ。
文句も言わず、笑顔で沈黙してるやつ。
そんな国になったら、拍手も歓声も、
みんなダミーになっちまう。
だからあたしゃ、今日もこのマイクを入れてしゃべるよ。
スイッチ、入ってるかい?
……よし、生きてるな。
落語家、立川ことは、じゃねぇけど、
魂はまだ、電源オンだってこった。
──おあとがよろしいようで。
2幕目
「フォロワー減少問答」
いやぁ、世の中ってのは便利になったようで、実にややこしくなった。
昔は“人気”ってのは寄席の客の入りでわかった。座布団の上でウケりゃ人気者、スベりゃただの人。
ところが今はスマホ一個で“数字”が出る。いいねが何個、フォロワーが何万人。
つまり、人気ってのが目に見えちまう時代になった。これはね、芸人にとっちゃ地獄だよ。
で、この話の主役がね、ハリセンボンの近藤春菜。
あの人、見た目は優しい顔してるけど、芸の芯はけっこう太ぇ。
で、この春菜さんが最近「フォロワーが毎晩200人減ってる」ってんだ。
怖い話だよ。毎晩200人ずついなくなる。
まるでSNS界の“怪談・八つ墓村”だ。
朝起きてスマホ見たら、「ぎゃっ!また減ってる!」。
もうフォロワーが血を吸われてるんじゃねぇかって勢いだ。
でね、「私なんかしたかなぁ?」って悩むわけ。
これがいい。芸人の性(さが)だね。
人に笑われてナンボの商売だから、笑われなくなった瞬間に「死んだ」も同然。
ところが今は、死ぬ前に“通知”が来るんだよ。
「あなたの人気が200人減りました」って。
地獄からのLINEみたいなもんだよ。
春菜さん、心配になって検索したってさ。「インスタ フォロワー 減る 理由」。
そしたら、出てこないんだって。
そりゃそうだよ。理由なんかねぇんだよ。
人の心が移ろうのに、理屈なんてない。
昔の客だってそうだ。昨日まで前座の噺に笑ってたのに、今日はシーン。
あれ?と思っても、「なんで笑わねぇの?」って聞けないでしょ?
ところが今の芸人は聞いちゃうんだ。「フォロワー 減った 原因」って。
便利だか不便だか、わからん時代だよ、まったく。
で、番組で替え歌を披露した。
「インスタの フォロワーが 毎夜減り つらいよ~」。
いいねぇ、“毎夜”。
“毎晩”じゃなく“毎夜”。
これが春菜のセンス。芸人の言葉の嗅覚ってやつだ。
歌詞の語感を大事にするあたり、もう半分“作詞家”だよ。
ゴールデンボンバーの前でそれをやっちゃうんだから、肝が据わってる。
でもね、私が思うに、フォロワーが減るってのは悪いことじゃないんだ。
フォロワーってのは“風の客”。
寄席で言えば“通りすがり”。
今日は来たけど、明日は来ない。
芸ってのはね、“固定客”じゃなく“浮遊客”で磨かれるんだよ。
減るってことは、まだ流れがあるってこと。
つまり、人気ってのは血液みたいなもんで、流れてこそ生きてるんだ。
止まったら腐る。
でも春菜さんの“減る200人”を毎晩見るってのは、それはそれで業が深ぇ。
江戸時代の芸人なら、「今日の客入りは減ったなぁ」って酒で流す。
今はスマホで「減ったなぁ」ってコーヒーで流す。
しかも、減るたびに“バイブが鳴る”んだから、便利すぎて不幸だよ。
で、こういう時に限って、まわりが言うのさ。
「気にしなくていいじゃん」「本当のファンは残ってるよ」って。
ところが、本人は“残ってる数”より“減った数”を見るんだ。
これが人間の性だね。
フォロワー76万人いても、頭の中は“マイナス200”。
これがいちばん“女々しくて つらいよ~”ってやつだ。
まぁでも、芸人がこうやって悩むのは悪いことじゃない。
春菜さんの「私なんかしたかなぁ?」って気持ちには、ちゃんと“芸人の心”がある。
芸ってのは、人の心の動きに敏感でなきゃダメ。
フォロワーが減っても、その痛みを笑いに変えられりゃ、それが芸の勝ち。
だから私は言いたいね。
「フォロワーが減ってつらい」って、正直に歌にしちまった春菜さん、あんた立派だよ。
芸人の本質は“笑われても、笑い飛ばす”ところにある。
昔の落語家だって、客が帰っちゃうときに言ったもんだ。
「え?帰るの?……あ、また来なくていいです」ってね。
これが芸人のプライドってやつだ。
つまりね、フォロワーってのは“去っていく客”と同じ。
「行く人追わず、来る人拒まず」――これが芸人道。
フォロワーが減るたびに、「おっと、また一席空いたねぇ」って言えばいい。
次の笑いの客が、そこに座るんだから。
――オチ?
オチなんてねぇよ。
フォロワーと一緒に、どっか行っちまったんだよ。
3 Comments
#落語 #川栄李奈#ダミーマイク#近藤春菜「ダミーマイク問答」「フォロワー減少問答」
Sweet🩷
朝の通勤電車の中で聞いてまーす♪😊